今回は温室内の空調機修理のご依頼があった蘭のすずひろの鈴木宏美社長と、奥様の淳子様にお話を伺いました。

「花持ち」の圧倒的な差を生む職人の妥協なき環境づくりと、人と人を繋ぐ新たな挑戦
田崎社長:本日は「蘭のすずひろ」の知られざるこだわりについて深くお伺いできればと思います。
まず、約22年前に直売を始められた経緯からお教えいただけますか。創業から考えると35年ほど栽培を続けられていますが、なぜ直販(直接販売)を?

鈴木宏美様(以下:鈴木社長)
それまでは市場への卸売りがメインでしたが、自分たちが育てた花がどこでどんな方に届いているのかが見えなかったんです。
もっとお客様の喜ぶ顔を直接見たいという思いが強くなり、直売所を作る決断をしました。ちょうど農業界でも「直販」が推進され始めた時代でした。
淳子様:
栽培一筋でやってきた夫にとって、直売は大きな転換点でしたね。実は私から強く提案したんです。当時は福祉関係の仕事もしていたので、店舗を作るなら「誰もが楽しめる場所にしよう」と。
栽培の効率だけを考えれば通路を広く取るのは無駄かもしれませんが、車椅子の方やストレッチャーの方も安心して見学できる環境を作りました。
トイレについても女性用、男性用一つずつ車いす用トイレを作ったんです。設計の人に「こんなにトイレの面積が広いところはないですよ」と笑われましたが、結果的に多くのお客様をお迎えできる場所になりました。


▲見学エリア
田崎社長:その「誰かのために」という温かい視点がお店の根幹にあるのですね。
お客様を受け入れるようになって何が変わりましたか?
鈴木社長:
そうですね、それまではカトレアやオンシジウムのような小さい洋ランを扱っていたんですが、それだとどうしても季節が決まってしまうんです。
せっかく作ったものを見てもらうなら、と15年くらい前から胡蝶蘭の栽培を始めました。売上は大して期待できないくらいだったんですけど、今となっては現在のベースを作ることができたので良かったのかなと思います。
田崎社長:そうでしたか。ところで御社の蘭は「花持ちが格段にいい」と評判ですが、他社とは何が違うのでしょうか。
鈴木社長:
ありがとうございます。そう言っていただけるのが一番うれしいですね。
違いを挙げるとすれば、やはり一番は栽培環境への「こだわり」かもしれません。
まず使っている水が違います。ここで蘭を栽培するにあたってはこの土地の豊かな地下水を使うこと以外、最初から考えていませんでした。自分が生まれ育った場所だから愛着があるというのもありますが、外部から来られた方からも「非常に質の良い水だ」とよく褒めていただけるんです。本当に恵まれた環境だなと感謝しています。
あとは太陽光ですね。今の時代はLED照明による栽培が主流になっていますが、私たちはあえて自然の太陽光を最大限に取り入れる栽培方法を貫いています。もちろん肥料の配合や温度管理のシステムは導入していますが、決して自動制御に頼り切ることはしません。毎日スタッフが花の様子を見て微調整を繰り返しています。その具体的な中身は流石に企業秘密ですが、根底にあるのは「お客様に長く喜んでいただきたい」という強い想いです。
システム任せにしない、このプラスアルファの手間暇と環境づくりこそが他社さんとの「腕の差」であり、うちのオリジナルな強みになっているんだと思います。



▲太陽光を取り入れた栽培風景
田崎社長:環境づくりへのこだわり、恐れ入ります。
そういえば以前御社の温室に設置したエアコンが故障した際、御社が予備として大切に保管されていた交換用の熱交換器が出てきたのには本当に驚きました。あの部品は普通、手元に置いておくものではありませんよ。
鈴木社長:
「備えあれば憂いなし」ですから。
あの時は田崎設備の社員さんが深夜の3時過ぎまでかかって根気強く修理してくれたのが本当にありがたかったです。普通なら「今日はここまで」となってもおかしくない状況でした。
田崎社長:いや、あれはうちの社員も「ここまで完璧に部品を準備されているのだから、我々も絶対に直さなければ」と職人魂に火がついたと言っていましたよ。あの熱交換器の件は御社の「栽培環境を守る」という並々ならぬ覚悟を象徴するエピソードとして今でも我々の中で語り草になっています。

鈴木社長:
そう言っていただけると嬉しいですね。でも本当に、植物は365日いつも同じ顔をしているわけではありませんから毎日の観察が全てなんです。
だからこそ温度をコントロールする空調というのはまさに私たちの命綱でもあります。
先ほどもお話したとおり、うちは温室にあえて太陽光を取り入れる分、温度管理には人一倍の工夫と神経を使っています。
もちろん同業の皆さんも温度管理には気を配られていると思いますが、うちは「いざという時のための備え」の熱量はちょっと違うかもしれません。
今回修理していただいた箇所の部品って、今ではもう簡単に手に入らない、替えが効かないものだったんですよね。
だから過剰な投資に頼るのではなく最低限のコストでちゃんと日々の品質管理を続けるために、実はあの部品、十年くらいずっと大切に保管していたんです。
正直「いつか役立つ時が来るはずだ」と信じていたので、今回それが身を結んで、皆さんの職人技で見事に直していただけて、本当に保管していて良かったと心から思いました。
田崎社長:それは我々からしたらすごいこだわりなんです。
そもそも太陽光を取り込んで空調するというのは遮熱の問題もあるので普通は避けるものですが、日照時間や温度も生育に関するポイントでしょうか。
鈴木社長:
そうなんですよね。普通なら敬遠されるところだと思います。でも日照時間や温度はやっぱり蘭の生育にとって一番のキーポイントなんです。
面白いことに、植物というのは決まったパターン通りには成長してくれないんですよ。同じ温室内でも鉢を置いた場所によって全然育ち方が変わってしまいます。
例えばあそこの壁にボードが貼ってあるんですが、あそこには毎日「北側にある鉢を2番から5番に移動して欲しい」といった細かい指示が毎日書いてあります。ただ空調の温度を下げればいい、上げればいいという単純な話ではなくて、光の当たり方と温度の絶妙なバランスを場所ごとに見極めなければいけない。そこが本当に難しいところですね。
ただ試行錯誤を繰り返すなかで、自分の理想にだんだんと近付いてきているという手応えはありますし、それを従業員のみんなにも共有しています。
なんでしょうね、長年見ていると独自の勘のようなものが働くようになるんですよ。うちにはそういう感覚が鋭い社員がいて、日々本当に助けられていますね。
田崎社長:それは素晴らしいですね。
鈴木社長:
そういえば以前、ネズミが胡蝶蘭の花粉だけを狙って食べるという事件がありました。
過去にも2回くらいあったんですけど、最近だと去年の母の日が終わった後ですかね。500鉢ほどやられてしまって。それも花を食べるんじゃなくて、オレンジ色のここ(花粉)だけ食べるんです。せっかく綺麗に咲いた花もネズミに花粉を食べられたら受粉したと判断して花がすぐ散ってしまう。それも垂れ下がっている真ん中らへんの4輪目だけを食べるから、それはもう出荷することができないんです。
そこで、自分たちで試行錯誤して紙皿で「ネズミ返し」を設置しました。胡蝶蘭を載せている台の足元全てに設置したので大変でしたね。


▲左:花粉あり、右:花粉なし


▲ネズミ返し
田崎社長:ネズミが花粉を食べるというのは初めて聞きました。様々な工夫をされているんですね。
他にも工夫されていることはありますか。
鈴木社長:
他には、そうですね。効率だけを考えれば安価なバーク(木のチップ)を使うのが主流ですが、うちはあえてコストと手間のかかる「水苔」を使い続けています。


▲左:水苔、右:バーク(木のチップ)
田崎社長:水苔ですか。確かにバークの方が効率は良さそうですが。
鈴木社長:
コストや手間を考えるとバークの方が遥かに楽です。しかし水苔は保水性と柔軟性が高く根をしっかり守れるため、結果的に長く咲き続ける生命力の強い花が育ちます。お客様の元で長く咲き続けてほしいという一心であえて水苔を使っています。
胡蝶蘭ってやっぱり花の中でも特別に華やかで、豪華なイメージがありますよね。だからこそお祝いの席はもちろんですが、時にはお悔やみのような大切な場面でも人の心をそっと慰めたり、元気づけたりできる存在であってほしい。ただお花を届けるだけでなく、受け取った方の心を動かしたり温かい感動を届けられるような、そんな表現ができたらいいと思います。
淳子様:
熱心なファンの方がそのままスタッフになってくれたこともあります。今、現場を支えている男性社員ももともとは趣味の蘭を買いに来ていたお客様だったんですよ。
田崎社長:それは凄いですね。商品への信頼がそのまま「一緒に働きたい」という思いに繋がっている。まさに「蘭のすずひろ」のブランド力ですね。最近は「蘭と麹(こうじ)の学校」という新たな取り組みも始められたとか。
鈴木社長:
はい。今年の4月から始めた企画で、蘭の栽培と発酵食品の文化を学ぶワークショップを始めました。2ヶ月に1回のペースで、全5回の連続講座として開催しています。
淳子様:
一見、蘭と麹って全然違うものに思えますよね。でも実はどちらも『手をかけて育てる』ものであり、「自然の恵みによって日々の暮らしを少し豊かにしてくれる」という共通点があるんです。
発酵食品のパートは、同級生で発酵ソムリエになった者がいるのでその人に講師をお願いしています。講座では実際に羽釜でご飯を炊いて麹を使った発酵食品をみんなで食べたり、麹を使った調味料や味噌を作る体験ができます。
鈴木社長:
そして蘭のパートは私が「洋蘭マイスター」として講師を務めています。講座の中で参加者の皆さんに花芽のついた蘭をお配りして、ご自宅で2か月間育てたものをお持ちいただいて私が診断する、という企画を行っています。
気候が良かったのもありますが、4月の初回から2ヶ月経った6月の第2回目に皆さんが持ってこられた蘭は誰一人として枯れることなく元気に育っていました。皆さん本当に上手に育ててくださって嬉しかったですね。
淳子様:
単に知識を学ぶだけでなく、蘭を通じて心豊かな時間を共有しながら人と人とのつながりが深まっていくような、そんな温かいコミュニティをここから作っていけたらいいなと考えています。

田崎社長:
花を通じたコミュニティづくり、素晴らしいですね。それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。
鈴木社長:
私たちの経営理念は『真心込めて咲かせた花に、お客様の思いを乗せてお届けすることで、お客様の満足を追求し、人と人がつながる豊かな社会の実現に貢献する』ことです。
だからこそ、これからもただ事業の規模を大きくすることだけを追いかけるつもりはありません。それよりも目の前のお客様一人ひとりの心に寄り添ったご提案を何より大切にしていきたいと思っています。
私たちが育てる花をひとつの「きっかけ」にして、社会の中に温かく豊かなつながりをたくさん生み出していくこと。そのためにこれからも一歩ずつ、着実に歩みを進めていきたいと考えています。
田崎社長:
これからも「蘭のすずひろ」ならではの妥協のない花作りを楽しみにしています。
本日はありがとうございました。



